また、連載を再開します。
印象に残っているのは「こぐまのたろ」
ー前回のお話では、幼少期は手芸や折り紙、あやとりなどをしていた時間が長かったということですが、そのころ読んでいて記憶に残っている絵本はありますか?
折り紙やあやとりの本はよく覚えているな(笑)。
ーできれば、それ以外でお願いします(笑)。
幼児向けの絵本の中でとてもよく覚えているのは『こぐまのたろ』という3冊セットの絵本ですね。
きたむらえり(1973)『こぐまのたろの絵本』福音館書店
・「こぐまのたろ」「たろのえりまき」「たろとなーちゃん」の3冊セット
復刊ドットコムにて、復刊したようなのですが、現在は絶版。中古か図書館でお探しください。
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(著者私物。この記事の写真はすべてサザンガク様にて撮影) |
ー『ぐりとぐら』の作者の絵本ですか?
絵のタッチがにてますよね。
確かに、山脇百合子さん・中川李枝子さんコンビ(『ぐりとぐら』の作者)の作品と間違われそうですが、作者はきたむらえりさん。
黄色いこぐまの「たろ」と友達のこうさぎの「なーちゃん」の、なんてことのない日常を描いた絵本です。
木イチゴを摘みの途中、すべってしまって集めた木イチゴの上にしりもちをついてしまったり、えりまき(マフラー)が飛ばされてしまったり、どの物語にも小さなアクシデントが起こります。
でも、必ず解決されるので、子どもは読み終わって「あ~よかった!」とほっとするようなお話です。
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箱の中に3冊が収められている (著者私物) |
ー手作り感が感じられてほっこりした絵本ですね。あんまり見かけませんが、今は売ってないのでしょうか?
そうなんです、長く絶版で。見かけたことがないです。
私が高校生くらいのころまで育った地元には、絵本の出版社系列の書店や大型書店が街なかにあったんですけど、そこには並んでなかったですね。
図書館でも、書庫に入ってたりはするんですけど開架(利用者が手に取れるオープンな本棚のこと)で見かけたことがなくて。
ー今回、私物を持ってきていただきました(写真参照)。
実はこれ、親に買ってもらったとかプレゼントとかではなく、親戚からたくさんもらったお古の絵本の中に含まれていた一冊なんです。
幼いなりに「たくさんの本の中から自分で選んだ一冊」という感覚が強いですね。
ーなるほど。
『絵本の庭へ』でも紹介されている、信頼できる一冊
本屋でも図書館でも見かけない絵本だったんですが、後に知る人ぞ知る絵本だったことがわかりました。
図書館で児童図書担当になった際に、『絵本の庭へ』(過去に紹介記事あり)というブックリストの存在を知ったのですが、ここには子どもの本担当の目利きの職員が、時代を超えておすすめできる!と思った絵本がたくさん紹介されているんです。
なんと、その中に、本屋でも図書館でも見かけたことがなかった『こぐまのたろ』が含まれていて。
ーおお!
他にもこの本を面白いと思ってくれている人がいるんだ、と知って、とってもうれしかったのを覚えています。
「子どもにどういう絵本を手渡したらよいか」ということを、図書館員として学んでいくうちに分かったんですが、図書館員が考える「理想的な絵本」の条件を満たしている本だったんです。
ーへえー、そうだったんですね。
他にも今から振り返ってみると、幼少期からその後の自分の小学生時代につながっていくようなことがらがこの本には登場してるんですよね。
自分にとって原点の一冊なのかなあと思うことがあります。
例えば、「『ぐりとぐら』に絵の感じが似ている」といいましたが、なぜかうちには山脇百合子さん・中川李枝子さんコンビの本はなかったんです。
ーそうなんですか。たくさんお古をもらったけれども。
そうなんです。でも、もしもらった絵本の中に『ぐりとぐら』が含まれていたとしても、私はあんまり興味を持たなかったかもしれないですね。
『ぐりとぐら』には「食べるのがすき」というフレーズが出てきたり、登場人物がみんなで食事するシーンが出てくるけど……
ー小さいころ、山水さんはあまり食べることに関心がなかった、と(連載第一回より)。
そうそう。手に取らなかったかもしれないです。
『こぐまのたろ』にも、食べ物のシーンは出てくるんです。たろのおかあさんが木イチゴでケーキを作るシーンとか。
でも、ケーキそのものの味やみんなで食べる楽しさよりも、そのケーキが作られる過程とか材料が調達されるプロセスとか、おかあさんが作ってくれる安心感とか、そういうものが伝わってくる感じなんですよね。
ー同じようにお菓子作りのシーンを描いていても『ぐりとぐら』とは、ちょっと視点が違う、と。
うん、そうかもしれません。
小学生になってから趣味でお菓子作りをするようになるんですけど、それは自分にとっては手芸の延長だったんです。
材料を集めて作るという、「食べる手前まで」のプロセスが楽しかったんだと思うんですよね。
今、あらためてこの絵本のことを考えてみると、『こぐまのたろ』はお菓子作りも含めた、「自然に囲まれた北の暮らし」を子どもに提示する絵本だったのかもしれませんね。
作者のきたむらさんは北海道に生まれで、少女時代を牧場で育ったそうなんです。
だから、描かれているものにリアリティがある。
子どもは嘘っぽいものやにせものは見抜きますからね。
ーなるほど。絵のタッチや、おやつ作りというテーマが似ていても、『ぐりとぐら』とは違った魅力がある絵本のようですね。
子どもの絵本が充実した図書館だと、書庫にはあると思います。
興味を持たれた方はぜひ探してみてもらえたら。
この絵本から、ほかにも影響を受けた点があるとしたら、自然科学への興味をはぐくんでくれたことかもしれません。
ー絵本作家さんや児童文学の作家さんには、「田舎」というと言い方が悪いですが、地方の、自然豊かなところで制作をされている方は結構いらっしゃいますよね。
そうなんですよね。
そこが大人向けの小説を書く作家と、大きく違う点かもしれませんね。
私にとって、『こぐまのたろ』から漂ってくる、自給自足の暮らしの感じや、広大な北の大地を思わせるたっぷりした絵の余白は、とても心地よく感じられました。
私は車の運転が苦手な上、メンテナンスも自分の手に余るので、車がなくてもなんとか生活できる、都市部で暮らしてきました。
でも、便利な暮らしを求めながらも、自然に生えているものを採取して何かを作る、ということについてはずっと興味があります。
小学生のころに、国語よりも理科に興味を持ったり、のちに農業大学に進学した原点のひとつが、この絵本なのだと思っています。
(次回に続きます)