家族の関係(特に親子問題)についての本を2冊紹介
山水(以下略):前回、幼少期から今に至る、家庭内の細かなエピソードを話してきましたが、実はこういう家庭で育ったひとって、少なくないんです。
―そうなんですか…。私たちが知らないだけで。
ええ。職場でも、隣の席に座ってらっしゃるひとが該当するかもしれません。
「毒親」というキーワードで語られることが多いですが、そう書いてしまうと、この記事を毒親のもとで育ったという自覚があるひと(「毒親持ち」ともいわれる)しか読んでくれないだろうと思ったので、その言葉を使わないで説明しようと試みました。
今回紹介する本も、手に取りやすいことが大事だと思い、タイトルには「毒親」という言葉が含まれていないものを選んでいます。
みんな、どんな親であっても、親のことを好きでいたいし尊敬したいんだと思うんです。
特に、日本は儒教の影響から、親を含め「年上」というだけで尊敬して当たり前、という文化があります。
親孝行すべき、っていう考えも根強い。
なので、親から明らかに虐待を受けた過去があったり、私のようによほど親との関係性に葛藤がない限りは、「毒親」と書かれた記事を読んだり、本を手に取ることは少ないと思うんですよね。
―確かに。普通の親子関係のひとが、自ら進んで「毒親」って本は読まないかも。読んだら、よかったはずの親との関係を疑ってしまいそうになるかも。
そうかもしれませんね。
これまで信じつづけていたはずの絆が揺るがされてしまうのではないか、と感じるひともいるかもしれません。
そのせいか、「私のウチみたいな家族関係がある」っていうことを知っている大人と、そういう家族関係が存在することを全く知らない大人と、二極化しています。
幼児教育や医療、福祉関係の分野に関わろうとしない限り、普通の家庭で育ったひとが、こういう親子関係を知る機会は少なく、自分の周りは自分とほぼ同じような親子関係だと思っているひとが大半です。
1冊目 田房永子『母がしんどい』
―今回、山水さんのように家族と葛藤を抱えているひとだけでなく、普通の健康的な親子関係の家庭で育ったひとにも読みやすい本を紹介してくださるんですよね。最初の一冊は……、
田房永子さんのコミック『母がしんどい』です。
田房さんとウチとでは、母親のタイプはちょっと違うんです。
でも、田房さんがお父さんからもらった手紙で悶絶するシーンにとても共感しました……。
私の場合は母から同じような内容の手紙やメールを何度かもらっていて。
その度に、ほんっっっっとうにマンガの中の田房さんのような状況(瀕死状態)になり、日常生活も仕事も全くできなくなり、寝込んでしまうんです。
私の場合、2週間くらい棒に振ってしまいます。
―それは、まさに「母がしんどい」状態ですね。
ほんとによくできたタイトルだと思います。
体感的に、ほんとにそんな感じなんです。
信田さよ子さんという、親子問題や共依存の問題を長く見てこられた臨床心理士さんがいらっしゃるんですけど、信田さんの『夫婦の関係を見て子は育つ』(梧桐書院,2004)には、こういう母親について「『子どものために』と子どもに寄生するおんぶおばけ」と表現されています。
カウンセリングの現場でクライアント(=患者さん)が、そういう説明をしたそうんなんです。
これもほんとによく分かります。
ずっと重いリュックを背負っていて、しかもそれが365日張りついていておろせない、という感じ。
―それを聞くと、「どんなにひどい暴言が書かれている手紙なんだ?」と思ってしまいます。
内容が気になりますよね。
それがね、実は文面には暴言などは含まれていないんです。
田房さんがお父さんからもらった手紙と一緒で。
じゃあ、なんで悶絶するくらいのダメージを受けるの?って思いますよね。
それが簡潔に説明できれば、田房さんは「経験を一冊のマンガに仕立てる」という大変な作業を選ばなかったかもしれません。
過去からのさまざまなつらい体験をつづって、ここまでのページ数を一緒に読書体験してきたひとであれば、そのひとが普通の家庭で育った人であっても「なんとなくこの苦しみのに共感してもらえるかも」と感じたから、マンガとして描いてくれたのかな、と思うんです。
TVドラマになったり、小説になるような、短時間や一場面で伝わりやすい暴力シーンや毒親像というものがあると思いますが、実際はそんなにステレオタイプではありません。
このような、言葉で周りに説明しても永久に誰にも分ってもらえないだろうな、と感じていた経験について、世界にたった一人かもしれないけれど共感してくれるひとがいると分かり、読んだ時、涙がこぼれました。
とても救われた一冊です。
田房永子(2020)『母がしんどい』KADOKAWA
本の情報はこちら
※松本市図書館にあります
・『母がしんどい』著者の田房永子さんロングインタビュー。「自分はどう生きたいか」をはっきりさせると子どもともいい距離を置けるはず
親との葛藤や複雑な親子関係を文章や作品にして発信(公開)してもいいのか……。
これは私のような家庭で育った子どもが直面する問題なのかもしれません。
ものすごく親を悲しませたり、場合によっては親を錯乱させることにもなるのではないか。
私自身、今回のような記事を発表するまで約10年、悩みました。
そういった葛藤についても、田房さんはしっかり持論を述べてくださっています。
2冊目 藤木美奈子『親のことが嫌いじゃないのに「なんかイヤだな」と思ったときに読む本』
―次の本は藤木 美奈子さんの『親のことが嫌いじゃないのに「なんかイヤだな」と思ったときに読む本 』。この本はティーンズ向けに書かれていて、これも田房さんの漫画同様、普段本を読まないひとや子どもにも読めそうな感じです。
そうなんです、そういう視点で選ばせてもらいました。
しかも、どちらの本も松本市図書館にあります!
私もそうだったんですが、こんなにおかしな、ストレスフルな家で育っても、「ウチっておかしくない?」ってことに、子どもってなかなか気がつけないものなんです。
例えば、私の場合、ずっとSOSやシグナルを出し続けているのに、全部スルーされたわけです。
―うんうん。
そういうことがずーっと続くと、自分の違和感とか「ウチ、おかしいんじゃね?」って感覚に自信が持てなくなってしまうんです。
とてもまじめな子どもの場合、「親のやり方に従えない自分の方に問題があるのではないか」と考えてしまい、自罰的になり、自分を責め続けて無力化するケースもあるそうです(※1)。
「家に問題があったら、家を飛び出してグレたり、早く一人暮らしして自立するのでは?」と、普通のひとは考えがちですよね。
―そうそう。ちょっと古いですけど、自分が小さいころ見ていた「中学生日記」や「金八先生」などのテレビドラマでは、こういう子は家出or不良になるというパターンで描かれてますよね。
実は、家庭内でのトラブルに疲れ果て、無気力になっていてそういうエネルギーが尽きてしまっているティーンエイジャーもいるのです。
また、その子自身の考える能力が高く、自分が家出したり不良になっても、根本的な問題解決にはならないと分かっているがゆえに行動しない、ということもあると思います。
私は、長期にわたる深刻な引きこもりの方の中には、こういった状態のまま、自立できず就職のタイミングも逃し、長期化してしまったケースも多いのではないか、と考えています(※2)。
「家族と葛藤があるのにその家に居続ける」という状況は一見、矛盾していますよね。
でも、自分の家族が異常だから家族から逃げる、ということは生まれた家族を棄てることで、それは一種の反抗です。
反抗期に反抗することも許されなかったような環境で育った子どもが、そんなことできるでしょうか?
家族を取り巻く問題には、ある程度時間をかけて背景から説明しないと、普通の家庭で育った方々には想像しがたいケースが結構あるんです。
―引きこもりの問題について、こんなケースがあるとは想像したこともありませんでした……。
私はあまりまじめではなかったので(笑)、無気力にはならずに済んだのですが。
ウチの場合は、母が「ほんとに深刻な悩みもなく、ストレスとか鬱とか起こりようがないくらい、のんびりした家庭だ」とか「ウチはごく普通の家庭だから」って、事あるごとに言っていました。
おそらく、自分の子育てや家族との関わり方に自信がなかったから、自分に言い聞かせたり、自分の行動を正当化するために言ってたんだと思うんですよね。
でも……これを聞き続けた子どもはどう思うでしょう?
私の場合、「家族の中でこんなに大変な思いをしているお母さんが言うんだから、そうに違いない」って真に受けてしまい、自分が家族や親子関係に感じている違和感を上書き訂正してしまったんです。
こういった、健全な家庭では考えられないような、マインドコントロールというか情報操作のようなことが、うちのような家庭(毒親家族)では起こっています。
子どもの認知が歪んでしまうんです。
家庭の異常さ、おかしさに子ども自身が「はっ」と気づく瞬間があっても、子どもが自ら訂正してしまうんですよね……。
―そんな、深刻なことがおこってしまうんですね……。今までお聞きしたことから考えると、家庭内で暴力があったり異常な言動が起きていても、子どもからヘルプを求めるのは難しい気がしました。
おっしゃる通りです。
この本を書いた藤木さんは壮絶な子ども時代~結婚生活を経験されたDV被害者なんですね。
今では認知行動療法などの専門家となり、ご自身で回復プログラムを設計され、かつての自分と同じ状況にあるひと達を保護・支援されています。
ご自身が実際経験されているから、そういうひとの状況もよく理解されているんですよね。
内容がかなり深刻なので今回はおすすめ本からは外していますが、私は藤木さんの著書『親に壊された心の治し方』(2017, 講談社)を読んだことがきっかけで、面前DV(※3)で子どもの脳が委縮することや、実際にDVを受けたひとよりも面前DV経験者の方がこころの回復が難しいケースがある、ということを知りました。
私が原家族で長期にわたって経験してきたことは、決して軽視できることではないと、藤木さんが気づかせてくれました。
今回紹介する『親のことが嫌いじゃないのに……』については、目次や解説がリンク先から見られるのですが、
「親が『私』を見てくれない」
「親のことは嫌いじゃないのに、一緒にいるとちょっとしんどい。暴力や悪口を受けているわけではないけど、なんかモヤモヤする……。」
「こんなこと思う私が悪いのかな、と悩む」
などなど、子どものころの私が感じていたことと近い!と思いました。
もし、このブログを昔の自分と同じような家庭にいる、若いひとが読んでくださっていたら、手遅れにならないように、と思って紹介させていただくことにしました。
「あなたが感じている違和感、親がなんと言おうと、訂正しなくていいんです」と強く伝えたいです。
藤木 美奈子(2022)『親のことが嫌いじゃないのに「なんかイヤだな」と思ったときに読む本』WAVE出版
本の情報はこちら
※松本市図書館にあります
・藤木美奈子さんが代表をつとめる、WANA関西のwebサイト
https://www.wana.gr.jp/fujiki.html
ぜひ、図書館の自動貸出機も利用してみて
今回は2冊しかご紹介しませんでしたが、こじれた親子関係(毒親や親からの精神的暴力による悩み)に関する本は、もっとご紹介したい本がたくさんあります。
本を読んで初めて、両親の振る舞いがおかしかったことに気づくことができた。
こういうひとは結構いらっしゃいます。
そのくらい、環境に適応するために、自分の感覚に蓋をして生きてしまっているんです。
自分が「そういう家庭だったのかもしれない」と自覚することで、子育てするときに子どもにも同じようにふるまってしまう「虐待の連鎖」を防ぐこともできます。
―そうなんですね。今回お話を聞いて「自分の育った家庭には、虐待とかなかったから関係ないや」と思わないで、ちょっと興味を持ってこの分野の本を読んでみようと思いました。ぜひ他にも読みやすい本があれば、いつか紹介していただきたいです。
ありがとうございます。それはうれしいですね。
今回ピックアップした本は、自由にお金が使える大人ならネットでこっそり注文できますが、まだ経済的に親から独立していないひとが読むことは、私たち大人が考えている以上にハードルがあることなのではないか、と思います。
もし、両親にみつかったらどうしよう、とか。
でも、まだ親の保護のもとにあるティーンエイジャーの皆さんにこそ、読んでほしいんです。
自分の家族に違和感を持ったら、その気持ちを否定しないで、こういう本から適切な情報に出会ってほしい。
本屋さんや図書館内で読むという方法もありますが、図書館で借りる場合、図書館によっては「自動貸出機」という、コンビニのセルフレジのようなものがあるんです。
自動貸出機のイメージ(武蔵野市立図書館の「図書館だより」)
https://www.library.musashino.tokyo.jp/images/upload/tosyo79.pdf
―あ、大学の図書館では見たことがあります。公共図書館にもあるんですね!
そうなんです。
図書館の自動貸出機は人手不足の解消だけが目的ではないんですよね。
街の図書館に設置することで、大事な情報が載っているので借りてほしいけれど、なかなか対象となる子どもに届いていない児童書(家庭内暴力や依存症、虐待についての本など)の貸出件数が増えた、という結果が出ている図書館もあるようなんです(※4)。
―なるほど。確かに、図書館員に見られずに借りれる、というのはグッとハードルが下がりますね。
「図書館員に見られずに借りる」というと、昔、街角にあった「エロ本の自販機」みたいな連想をしがちですが(笑)、そうではなく、その子が離れられない環境に問題を感じている場合にも、その子を一人の自立した人間として尊重して、できる限り正しい情報を手渡す工夫をする、ということですね。
その仕組みの一つとして、自動貸出機が機能しているということです。
―ひとではなくて機械が対応した方が、求めているひとに届く確率が高くなる、というのは面白いです。
そうですよね。
こういう風に、必要としているひとにできるだけ情報が渡るように、図書館は日々工夫をしています。
それは、利用するひとが大人であっても子どもであっても同じ。
ひとが一人の自立した存在として生きることを、「情報提供」という形で支援している施設が図書館なんです。
(次回に続きます)
<参考資料、参考URL>
※1
藤木美奈子(2017)『親に壊された心の治し方』講談社 より
※2
引きこもりの方々に対して、「健康なのに働かない」「怠けている」等のイメージを持っているひとは、まだ少なくありません。
特に時代が上向きで、頑張れば頑張った分だけ得られるものがあった、バブル世代以上の年齢層にはそういった方が多いようです。
原因の一つは一億総中流化という、ほとんどの家庭のフォーマットがおんなじという時代が長く続いてしまい、「隣もウチも同じだろう」という認識が定着してしまったことです。
現在の日本は、数十年前と比較して家族の在り方は多様化はしたにもかかわらず、市民の「隣もウチも同じ」という考えはアップデートされていないように感じます。
家族の絆や家庭が心安らげる場所ではなく、心を病んだり、無気力化されてしまったり、戦場のような場所である家庭も決して珍しくないのです。
精神科医の斎藤環さんの本『「ひきこもり」救出マニュアル』(筑摩書房。<理論編>と<実践編>がある) には引きこもりのメカニズムや対処法について分かりやすく説明されています。
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480431677
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480431684
中高年のひきこもり、精神科医が語る「脱出の難しさ」(一部有料記事)https://gooday.nikkei.co.jp/atcl/report/20/102900037/103000001
また、研究者と当事者が一緒に書いているこちらの冊子もおすすめです。
石川良子,林恭子,斎藤環著『「ひきこもり」の30年を振り返る』(岩波書店,2023)https://www.iwanami.co.jp/book/b629844.html
これらに目を通すと、「引きこもり」が決して本人のみの問題ではなく、さまざまな社会問題を反映した結果なのだということが見えてくるのではないでしょうか。
※3
面前DV
子どもが両親の間に起きているDVの目撃者になること。DV目撃と表現されることもある。
※4
赤木かん子(2012)『赤木かん子の図書館員ハンドブック分類のはなし:
学校図書館で働く人のために』埼玉福祉会 より