映像の世紀 バタフライエフェクト
番組公式サイト
https://www.nhk.jp/p/butterfly/ts/9N81M92LXV/
20〜21世紀は「歴史が映像という形で残されている世紀」と考え、さまざまな事柄(主に歴史や世界情勢)を貴重なアーカイブ映像とともに紐解いていく、硬派な番組です。
この番組の前身の「映像の世紀」がNHKスペシャルで放送されていたころ、私は中高生。
教科書でしか見ることのなかった歴史上の人物が動いていることに驚き、また、こんな過酷な状況でカメラを回していたひとがいたのか!ということにも驚かされ、そのうちのいくつかの放送は映像とともに記憶に残っています。
今回「映像の世紀 バタフライエフェクト」でのアンコール放送がとても印象に残り、多くの方にぜひ見ていただきたいと感じたので、ご紹介します。
7/14までNHKプラスにて視聴可能です。
映像の世紀バタフライエフェクト ふたつの敗戦国 日本 660万人の孤独https://plus.nhk.jp/watch/st/g1_2025070719097
NHKプラスにて配信中。
配信期限:7/14(月) 午後10:44 まで
敗戦後、海外にいた660万の日本人は、一斉に日本への帰還を目指した。彼らはその時どこにいたかで命運が分かれた。満州にいた人々は、侵攻してきたソ連軍の暴力に無防備でさらされた。その後も中国に取り残された人々は、国交がないため、長い間帰還への道が閉ざされた。日本に帰還できても故郷に居場所がなく、辺境の地での開拓に乗り出す人々もいた。住み処を追われ、流転の運命を背負った日本人の記録である。 【NHK番組Webサイトの解説文より引用】
番組概要
第二次世界大戦は、多くのドキュメンタリーや歴史関係の番組で取り上げられています。
そういった中でこの放送がユニークなのは、戦時中ではなく敗戦直後にスポットを当て、国内ではなく海外で終戦を迎えたひとたちを取り上げ、戦後から現在までの人生を追っている点です。
敗戦(1945年)後、いわゆる外地(日本の占領地)には660万人もの日本人がいました。
これは、当時の日本の総人口の1割にあたります。
こちらのサイトをみると、いかに日本が広範囲の地域を占領・統治していた知ることができます。
https://real-juku.jp/japan-syokuminchi/
敗戦直後、これらの地域に日本人がいた、ということになります。
敗戦後、外地に取り残され、日本に帰ってくることができなかったひとたちがたくさんいました。
上の番組解説文にもあるように、終戦時に「どこにいたか」、つまり「敗戦後、その地域がどの国にわたったか」により、彼らの運命は大きく分かれることになりました。
命からがら日本への帰国が叶っても、混乱状態の国内には彼らの居場所はありませんでした。
土地を開拓するところからスタートしたひとたちも多くいました。
そうやってせっかく開拓した土地も、高度経済成長期には国を挙げての開発のために奪われていきます。
つくば学園都市や成田空港の敷地の多くの部分、福島の原発関連施設の用地の一部も、引揚者が開拓した土地でした。
こういった内容を本放送では、アーカイブ映像だけではなく、関係者へのインタビューを交えながら紹介しています。
日本人なのに日本に居場所がなく、流転の人生を送った人々を丁寧にあぶりだした番組です。
野村達雄さんのドラマに圧倒された
余談となりますが、バタフライエフェクトは過去の映像をつなげ編集したもののため、番組として少し単調になってしまう、という問題点があります。
それを防ぐためか、バタフライエフェクトでは冒頭のつかみに工夫があり、「え!そうだったの⁉︎」という意外な形で視聴者をひきつけ、スタートすることが多いです。
今回も例に漏れず、つかみでいきなり「ポケモンGO」が発売された当時(2016年)の映像が流れました。
登壇し「ポケモンGO」を紹介するのは、ゲームクリエイターの野村達雄さん。
戦後の残留孤児や引揚者についての番組だと思っていたので虚を衝かれましたが、番組を見ていくと、実はポケモンGOの開発責任者だった野村さんは、戦前、満州開拓団として満州にわたり、日本の敗戦後に中国に取り残されてしまった残留孤児の孫だったことがわかります。
野村さんは自分と同世代。
しかも、私よりも若い1986年生まれということにも驚きました。
というのも、私にとって、第二次世界大戦の残留孤児の問題というのは、大変失礼ながら、もう過ぎ去った過去のことだと考えていたためです。
恥ずかしながら、自分と同世代のひとが、その歴史から大きな影響を被っているなんて、想像もしていませんでした。
9歳で中国から日本に渡ってきた野村さん。
「戦争で取り残された日本孤児の子孫、というところから自分がスタートしていて、日本に来て初めてそれ(TVゲーム)にふれて、こんな面白いものがあるのか、と衝撃を受けた」と語ります。
自分とほぼ同世代の野村さんが抱えてきた壮絶な家族のドラマに、この後、私は圧倒されることになりました。
この放送がすごいと感じた理由
存命の人物にインタビューしていて「ファミリーヒストリー」っぽくなっている
繰り返しになりますが、バタフライエフェクトの多くの放送は、アーカイブ映像をつなげて編集したものです。
そのため、当時のインタビュー映像が流れることはあっても、今現在をリアルタイムで生きる方のインタビューが放送中に含まれることはまれでした。
ところが、今回の放送については野村さんという、比較的若い方へのインタビューが何度か流れ、野村さんの祖母の人生をたどりながら番組が進んでいきました。
最後に、祖母から生命のバトンを受け取り今を生きる野村さんと、満州からの引揚者である作詞家のなかにし礼さんとの対談のようす(NHK「スイッチインタビュー」にて、過去に放送された映像)が流れます。
まるでNHKの別番組である「ファミリーヒストリー」⁉︎と思った方もおられたのでは…?
「ドキュメンタリー番組は感情移入ができないので苦手」という方にも、今回の放送は視聴しやすいのではないか、と感じました。
『この世界の片隅に』の、その先について描かれている(女の見た戦争)
映画化もされた『この世界の片隅に』は、激しい戦況の描写に力を入れるのではなく、その時代を生きた女性にとっての、日常と隣り合わせだった戦争を描いています。
戦時中の日々の生活が丁寧に描かれ、いってみれば「女の目から見た戦争」が作品となっていたことが、この作品の大きな特徴の一つだと思います。
多くの歴史番組が為政者(男性)を中心に進行していきますが、今回放送のバタフライエフェクトでは、終戦後、つまり『この世界の片隅に』の後の「女性から見えた戦争」が、アーカイブ映像とともに語られています。
大変ショッキングだったのは、ロシア兵からの性的暴行により望まぬ妊娠をして日本に帰国し、麻酔などの物資が不足した状態で堕胎手術を受ける女性たちの映像でした。
終戦時の満州は、関東軍が南下したため、多くの日本の民間人が満州に取り残されました。そこに、ソ連軍が入ってきて、日本人に対する略奪や暴行が始まったといいます。
銃を突きつけられて性的暴行を受け、大変な思いをして日本にたどり着いたかと思うと、直後に堕胎手術を受ける。
彼女たちの負った深い心の傷を想像すると、言葉がありません。
戦後の混乱の中、外傷のない、彼女たちの傷は周りには理解されにくかったでしょう。
戦争で負傷したひとも珍しくない中、「身体は健康なのだから」と、苦しい思いを外に出すことすらできなかったかもしれません。
戦争は子どもや女性など、弱い立場のものをとことん追い込むのだ、ということを再確認させられました。
中井久夫氏のことばから考える戦争
先日、NHKの「100分 de 名著」のテキストである「中井久夫スペシャル」を読む機会がありました。
中井久夫さん(1932-2022)は阪神・淡路大震災での被災者の心のケアにも尽力した精神科医です。
NHKドラマ「心の傷を癒すということ」で主人公の恩師のモデルともなったため、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。
中井さんは戦争に関するエッセイ『戦争と平和 ある観察』の中で「戦争は過程(プロセス)であり、平和は状態である」と説明しています。
「プロセスは目に見えるけれど、状態である『平和』は非常にわかりにくく、目にみえにくく、心に訴える力が弱い。
平和が続くと見通しがきかず将来像がはっきりしなくなる、大事件が起こらず退屈感をうむ、人を引きつける物語にならない」という考えは、平和を維持することの難しさがよく表れているように感じます。
また、中井さんは戦争のやっかいな特徴についても、エッセイの中で繰り返し指摘しているといいます。
その特徴とは「戦争はおわらせにくい」ということ。
「一般に戦争には自己収束性がない。戦争は自分の後始末ができないのである。
成功した戦争は少なく、また戦争の後遺症は予想外に永続的である」とおっしゃっています。
この放送回で取り上げられた引揚者や残留日本人の問題は、まさしく中井さんの指摘する「予想外に続いている戦争の後遺症」の一例といえるのではないでしょうか。
戦後80年。
この番組をみて、私は自分と同年代の方に80年前の戦争の傷跡が綿々と受け継がれていることに、大きな衝撃を受けました。
まだ、大戦は終わっていないのではないか。そう感じました。
戦争というものは終戦を迎えても、その後80年以上経っても影響を及ぼし続け、一向に収束することはないのだ。
こういったことを、心にしっかりと刻んでおきたいと思いました。
この放送は「原爆記念日が今年も近づいてきたから、戦争について考えたい」という方だけでなく、近々行われる参議院選選の投票前に各党の防衛費をめぐる主張を考える際にも、参考になる内容だと思います。
ラストの浪江町の映像から、みなさんはどんなことを思うでしょうか。
視聴終了まであまり日数がありませんが、ご興味のある方はぜひ、NHKプラスにてご視聴いただけたらと思います。
<参考記事>
サハリン残留日本人について書かれた記事
「3つの名前を持つ女性 終わらない苦しみ」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250521/k10014809891000.html
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