俳優や作家にも
山水(以下省略):身体的な暴力などは受けていないものの「普通ではない」環境で育ったために、個性的すぎる親の意向に振り回されたり、子どもらしくふるまうことよりも世間体を重視する行動を求められたり、両親が精神的に幼すぎて子どもを保護できず、子ども時代にのびのび育つことができなかった。
こういうひとは、作家や俳優、音楽家などにもいらっしゃいますね。
―ふ~ん。芸術関係のお仕事に。意外でした。
一般人の中にもおそらく一定数おられるとは思うのですが、こういうお仕事のひとは自己表現する機会が多いので、エッセイなどの形で書くことになったり、インタビューで話す機会もあるし、私たちが目にしやすいんでしょうね。
―ああ、なるほど。例えばどんな方がいらっしゃるのですか?
体験を文字に書き残したりインタビューで話しているひとだと、エッセイストの群ようこさん、俳優の高峰秀子さん、小林聡美さん、内田也哉子さん、桐島かれんさんなどです。
皆さん、自分のことを「毒親育ちです」とは公言していません。
そして、そこにはよくテレビなどで出てくるような、ステレオタイプな虐待の表現はありません。
でも、エッセイなどを読むと、私の育った家庭と同様、子どもにとって相当な忍耐が求められる環境で育ってきたんだな、と気づきます。
最近では当事者が文章で自己開示するだけでなく、自分と同じような育ちのひとが安心して話せる場を作ろうと活動されている方もいらっしゃいます。
例えば、声楽家の宮澤那名子さんは心理カウンセラーの資格をとり、毒親育ちのためのオンラインサロンを運営しておられます。
宮澤那名子さんのインタビュー記事はこちら
①ひとりで悩まないで。「毒親」の種類と解決策https://canary.lounge.dmm.com/21674/
②「毒親」育ちのサロン会員が語る「ここがヘンだよ、毒親は」https://canary.lounge.dmm.com/25358/
③「毒親」はなぜか共通項ばかり。サロン会員の共助で失われた主体性を取り戻す
https://canary.lounge.dmm.com/25385/
―本業以外にそういう活動もされているなんて、すごいですね。
そうですよね。エレガントな見た目からは想像できませんが、とてもパワフルな方だと思います。
上の①のインタビューで宮澤さんは「毒親は虐待ほど過激ではないので、習い事にも積極的に通わせる家庭が多く、外から見ると普通の家族だと思われがちです。そのため、人に相談しても『そんなのよくある悩みだから』といったように、深刻にとらえてもらえないことも多いです。」と答えてらっしゃいました。
きっと、周りに思い切って相談したけど理解してもらえなかった経験をお持ちで、同じような経験をし、孤立してしまったひとの力になりたい、という思いをお持ちなのではないでしょうか。
アダルトチルドレン(AC)とは?
私も含め、こういう幼少期を経て大人になったひとを、心理学の用語では「アダルトチルドレン(AC)」といいます。
―聞いたことあります。
私の育った家庭のように、ストレスが日常的に存在している状態の家族のことを、心理学では「機能不全家族」(※1)とよびます。
そして、機能不全家族で育ち、成人したひとのことをアダルトチルドレンというんです(※2)。
今、世間で「毒親育ち」や「毒親持ち」といわれているひとたちです。
ただ、この「アダルトチルドレン」という言葉は、「成人」と「子どもたち」という単語の組み合わせのせいか、本来とは違う意味で解釈されて言葉が独り歩きしてしまっていた時代があります。
―確かに。「アダルト」と「子ども」という単語がくっつくと、なんかいかがわしいというか(笑)。
そうそう(笑)。
それで、その時代に「アダルトチルドレン」というワードを知ったひとは、このワードの意味を誤って解釈している可能性があるので、私は定義を説明できる段階まで、このインタビューでは使わないようにしてきたんです。
この連載では毒親育ちやアダルトチルドレンの経験をお話してきているわけですが、どちらの言葉もあまり使いたくなかったので、こうなると説明が難しいですよね(笑)。
―なるほど。こういった言葉をなるべく使わないで他人に説明する場合はどうされてきたのですか?
私は「機能不全家族で育ちました」とか「精神的な『ヤングケアラー』のような子ども時代でした」と説明してきたかな。
でも、「機能不全家族」と「ヤングケアラー」の定義を知らないと伝わらないので、必要がなければ、かなり親しい友人にも自分の過去をお話したことはないです。
実際、限られた時間に断片的にエピソードをお話しても、「いい歳して親を悪く言って、みっともない」と思われる危険性が高いです。
自己開示しても、自分にとってマイナスにしかならないこともあって、聞いてもらいたくても話せないというのが現状です。
アダルトチルドレンの苦労
こういう育ちを経て大人になると、精神面で大きなハンディキャップを背負うことになり、普通の人と同じような社会生活を送るには相当な努力や自己研鑽が必要になるんですよね。
―そうなんですか……。子ども時代だけでも他のひとよりも大変だったのに。
そうなんです。
その理由については事例やメカニズムなどを説明すると、長くなるため今回は省きますが、上で紹介した宮澤那名子さんのインタビューにも若干触れられています。
気になる方は読んでみてください。
アダルトチルドレン(以下AC)と呼ばれるひとに努力家が多いのは、努力しないと周りの標準にあわせることができないからなんですね。
本来は子ども時代に育まれるべきであった心の発達が不足している部分を、自分が自分の親がわりとなって、「子育て」する必要があるんです。
前回の記事でちらっとご紹介した、藤木美奈子さんの著書『親に壊された心の治し方』には、藤木さんが「普通のひと」と同じようにふるまえるようになるまでの、努力の歴史が載っています。
藤木美奈子(2017)『親に壊された心の治し方 「育ちの傷」を癒やす方法がわかる本』講談社
本の情報(版元ドットコムへのリンク)
―私もちょっと読みましたが、壮絶といっていいほどの努力ですよね。
ほんとに。おそらく、多くの方は読むとびっくりされると思います。
藤木さんは私などとは比べ物にならないくらい過酷な環境を生き抜いてきているので、これまでの人生を書き換えて上書き保存するくらいの、自己改革が必要だったのだと思います。
ただ、程度の差はあっても、多くのACは何かしら自分が原家族で学んだコミュニケーションを書き換えるような努力をしています。
こういう、ACの大人になってからの苦労については、一般のひとにはほどんど知られていないのではないか、と思います。
ACは外見上に障害がわけではないので、周りが配慮してくれることもありませんし、他のひとと同じ条件で社会生活を送ることになります。
―藤木さんもこういうハンデを持って、普通のひとに混じってOLとして働いていたんですよね。
そうなんですよね。どれほど大変だっただろう……、と思います。
ACはコミュニケーションに努力が必要なこともあって、他のひとよりも気疲れをし、エネルギー切れに悩むひとも多いです。
私もその一人で、会社勤めしていたころは最低でも8時間の睡眠が必要でした。
出張や研修があるとほんとに疲れてしまって、その疲れの影響が翌々週くらいまで続いてしまい、立て直すのが大変でしたね。
過酷な環境におかれた子どもが持つ、生きる知恵
―ちょっと、前置きというか、ACについての説明が長くなりましたが、ここからは読書の話、ということで……。
私は、こういう家庭で育った子どもの中には、生まれながらにして持っている自らの知恵によって、自らのこころを守ったり、こころの中に疑似的な親を作り、その「親」からこころに栄養を与えてもらうような行動をしている。
そういうケースがあるのではないか、と感じてきました。
―それは親御さんが準備してくれなかった環境を、子ども自身の力で作ろうとする、ということですか?
そうです。
特に私が、今回のインタビューで挙げた作家さんや俳優さんのエピソードから感じるのは、二つの傾向です。
一つは、空想の世界に避難場所をみつけ、発達途上のこころを夫婦喧嘩などから守るために本の世界にのめりこむタイプ(高峰秀子さん、群ようこさん、小林聡美さんなど)。
もう一つは、自分なりの「美」の基準を子ども時代に見つけ、その審美眼を高めることで自分を守ってきたタイプ(桐島かれんさん、内田也哉子さん)です。
―へえ~。何か具体的なエピソードの載っているような本はありますか?
例えば「空想の世界に避難場所をみつける」タイプだと、群ようこさんのエッセイには、子ども以上に子どものような、とんでもない父親のエピソードが出てきます。
特に、育った家庭環境に焦点を絞って書かれているエッセイが『あたしが帰る家』。
ここには日々夫婦喧嘩が展開される中、ひたすら本に没入する群さんの姿が出てきます。
群ようこ(1997)『あたしが帰る家』文藝春秋
本の情報(版元ドットコムへのリンク)
※絶版のようなので、古本か図書館でお探しください。
この本の文庫版の解説を、俳優の小林聡美さんが書かれています。
この解説から、小林さんも夫婦喧嘩が日常的にあるような環境で育ったこと、そして、群さんと同じように、本を読んでその嵐をやり過ごしておられたことを知りました。
小林さんのエッセイは何冊か読んでいましたが、そこには幼いころのそういったエピソードは出てこなかったので、驚きました。
群さんも小林さんも情が厚いのにどこかさっぱりしている感じが、ちょっと似ているんですよね。
俳優でモデルの杏さんにもそういうものを感じます。
他の例ですと、高峰秀子さんの自伝的エッセイ『わたしの渡世日記』。
こちらには、複雑な幼少期の家族関係と共に、養母が秀子さんの稼ぎで散財し、仲間を集めて夜な夜な麻雀で騒ぐ描写が出てきます。
高峰秀子(1998)『わたしの渡世日記(上)(下)』文藝春秋
本の情報(版元ドットコムへのリンク)
※他にも新潮文庫版もあります。
撮影での疲れを自宅で癒したいのに、お構いなしに始まる、階下での養母の騒がしい徹マン。
眠れない中、二階で本の世界に入り込むことで秀子さんは自分の心を守るんです。
秀子さんは多くの子役出身者と同じように、大人の女優へのイメージの転換に困っていたようなのですが、その読書経験が「二十四の瞳」「浮雲」などの文芸作品への出演につながり、みごとに子役のイメージから脱皮し、日本を代表する映画女優となります。
―本を読む、って、ある程度静かな環境がないとできないと思っていたので、逆に心を乱されるような環境で、読書している子どもがいることに衝撃を受けました。
彼らはある意味、読書を「シェルター」として活用しているというか。
まさに、そうなんです。
本来は保護者であるはずの親を頼りにすることもできず、当たり前ですが経済的にも自立できていないので、家を自分で借りることもできない。
この環境から物理的に逃げることが、子どもの力ではできないんですよね。
そういう状況に置かれた子どもが、自ら編み出した「生きるのびる知恵」なのだと思います。
誰からも教えられていないのに、不思議ですよね。
子どもが本を読まなくて困っている、というような親御さんからは信じられない光景かもしれません(苦笑)。
ー確かに(笑)。もう一つの「美の基準をみつけ、審美眼を高めることで自分を守ってきたタイプ」についても、何かエピソードをご紹介いただけますか?
例えば、モデル、女優、とマルチに息の長い活躍をされている桐島かれんさん。
彼女のお母さまは、エッセイストでノンフィクション作家の桐島洋子さんです。
洋子さんが生きた時代は、編集者として女性が男性と対等に働くことが大変難しい時代でした。
育児休暇などはもちろんありません。
妊娠どころか、結婚しただけで退職しなければならないという、会社に「結婚退社」の規定があったような時代です。
ー今だと考えられないですね(汗)。
たった60年ほど前の話で、私の親世代よりちょっと上のひと達です。
こういう環境で仕事を続けてきた洋子さんのたくましさは、ある世代の女性たちからは武勇伝としてあがめられています。
でも、私はちょっと違和感も感じるんです。
ーどんなところにでしょう?
洋子さんの子どもが協力的すぎるんです。
「子供ながらにして、私は、母には母の生き方があるのだと悟っていました」(※3)とまで言ってしまう、長女のかれんさん。
その辺の大人よりも物分かりがよく、状況を達観している様子で、もうこれは「子ども」ではないでしょ(笑)。
かれんさん含め、3人のお子さんの並外れた仕事への深い理解や協力があったからこそ、洋子さんは仕事を続けられたのではないか、と思っています。
作家の林真理子さんも憧れのまなざしを向けてしまうような(※4)、洋子さんの破天荒な生き方や職業人としての業績は、かれんさんやほかの兄弟が「子どもらしく生きる時間」を犠牲にすることで、もたらされた功績です。
また、子ども時代のなかった彼らは大人になったり自らが子育てする立場になった後、ACとしてのさまざまな苦しみも経験されたと思います。
私などは、洋子さんの息子さんや娘さんのうち、一人くらいは「俺の協力があったから、母さんは有名になれたんだ」と主張する子がいてもいいのではないか、と思ってしまいます。
この状況を「美しい家族の結束」として美化してしまうことには違和感を感じます。
「親に協力する子ども像」を助長する恐れがあるんじゃないでしょうか。
ー確かに。桐島家の幼少期の出来事については『ホームスイートホーム』という本に詳しく書かれているんですよね。
ええ。親の付き添いなく、全く英語の話せない子ども同士で初日から海外の学校へ行かせたり、子どもが「アメリカに残りたい」と反抗したことを理由に子どもだけをアメリカに置いたまま、帰国したり。
信じられませんよね。ある意味、モンスターペアレントに近いと思います。
ちなみに、現在のアメリカでは、生活に必要な買い物をするために、スーパーの駐車場に小さな子どもを短時間残すだけでも、逮捕されてしまうようです(※5)。
子どもから目を話しただけでネグレクト(虐待の一種)とみなされるので。
桐島家に限らず、ACの家庭についてのエピソードを読むと、「事実は小説よりも奇なり」ということばをつい思い出してしまいます。
しかし、そんなお母さまに海外を連れまわされた結果(笑)、かれんさんは、その当時の同年代の子どもはなかなか見ることができなかったような、世界各地のさまざまな美しいものに触れる経験をします。
その中には、各地の民族により手作業で作られた工芸品もありました。
その後、かれんさんは、機械化により失われゆく、手仕事で作られた品物を世界中から買い付け集めた「ハウスオブロータス」というお店を開くんですね。
こちらの本には、世界各地からかれんさんが集めた工芸品や民芸品だけではなく、住まいやそれらに秘められたかれんさんの家族のストーリーなどが語られています。
写真家である夫の上田義彦さんが撮影した印影の深い写真も、品々の魅力を最大限に引き出していて、とても素敵な一冊です。
コロナ禍、美しいものに触れたくても外出できない日々が続きました。でも、こういう本が手元に一冊あればこころ豊かに過ごせたのではないでしょうか。
桐島かれん著,上田義彦写真(2011)『ホームスイートホーム 暮らしを彩るかれんな物がたり』アノニマスタジオ
本の情報(アノニマスタジオへのリンク)
この本の解説は洋子さんが書いており、「自分なりの『美』の基準を早くにみつけ、審美眼を高めることで自分を守る鎧にしてきたタイプ」というのは、本書での洋子さんの表現です。
子ども時代から落ち着いていたかれんさんが、洋子さんの破天荒な人生に寄り添うには、それなりの心労が伴っていたのでしょう。
洋子さんは親としてそのことに気がついておられたのだと思います。
ーかれんさんの場合は、自分基準で「美しい」と思うものを発見したり、コレクションしたり、それをアップデートしていくことで、自分のシェルターにした、と。
そうです。
あまりに「母親都合」で回ってしまう日常を、自分のメンタルや体調に合わせてコントロールするために、かれんさんにはこういう内面世界の構築が必要だったのではないでしょうか。
さっきの「本の世界に没入して、身を守る」パターンに比べると、一般の方にはイメージしづらいかもしれませんが、私はこちらのタイプでした。
そして、このタイプも、先ほど紹介した「本の世界に没入して、身を守る」タイプにも、共通しているのが、親に勧められずとも子ども時代になんらかの形で読書をしていた、ということなんです。
ーなるほど。
こういう、閉鎖的な状況にいて、年齢に見合わない深刻な悩みを同年代の友人には相談できずに抱えこんでしまっている子どもは、今も昔もいます。
そういう子どもは、本能的に自分に必要な本を嗅ぎとる力があるように思うんですね。
「本を読むこと」にはそういった解決困難な状況にいる子どもを救う力があると思うし、私はそういう読書の力を信じています。
ーさて、次回からはいよいよ山水さんが幼いころ読んでいた本の話へ移りますが……
どんな本を読んできたか、というのはとても個人的な体験だから、ひとそれぞれ違うものですよね。
でも、もし私の読書体験が特にユニークなのだとしたら、そこには今回まで三回にわたってお話してきたことが大きくかかわっているのではないか、と思います。
自分が自分の「親がわり」となって発達不足を補おうとした、いわば「不足を埋める読書」が私の幼少期の読書だったのだと思っています。
(次回につづきます)
<参考資料、参考URL>
※1
「機能不全家族」とは?機能不全家族で育った人は子育てに向いてない?(2024.5.2
sited)
https://dinks.jp/kinouhuzen-kazoku
※2
斎藤学監修(2002)『知っていますか?アダルト・チルドレン 一問一答』解放出版社 より
※3
桐島かれん著,上田義彦写真(2011)『ホームスイートホーム 暮らしを彩るかれんな物がたり』アノニマスタジオ より
※4
『ペガサスの記憶』推薦文より
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784093888608
※5
アメリカで、車に小さな子供を置いて買い物などに出かけると逮捕されるのですか?
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1279210892
2023/9/26 #787 世界からみた「日本人の人権意識の低さ」問題(Voicy有料配信)https://voicy.jp/channel/1295/590423
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