絵本のブックリスト『絵本の庭へ』

2023/08/31

好奇心 図書館員になりたい 本紹介


今回も前回に引き続き、「庭」について。

『絵本の庭へ』

前回の記事では、

子どもは好奇心の塊である。そして、好奇心と庭には親和性がある。

ということを書きましたが、それを象徴するような本があります。

それは『絵本の庭へ(児童図書館 基本蔵書目録1)』(東京子ども図書館 編 2012年)。

↓本の詳しい内容が書かれたPDFデータはこちら
https://www.tcl.or.jp/wp/wp-content/uploads/2017/08/%E7%B5%B5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%BA%AD%E3%81%B8%E3%83%81%E3%83%A9%E3%82%B7.pdf

この本は、子どもの本専門の私立図書館である、東京子ども図書館によって編集されたものです。
長年にわたる子どもの本の活動(読み聞かせなど)の経験をもとに、これからもずっと読み継がれていってほしいと思う絵本を選び、それぞれの本の紹介文とともに載せた、絵本のリストです。
なんと、紹介されている絵本は1157冊!(東京子ども図書館ウェブサイトより)。

本書にはこのような記述があります。

子どものまわりにいるおとなの方々へ、どうぞ子どもたちを「絵本の庭へ」誘ってあげてください。そばに寄り添い声に出して読みながら、彩り溢れ、喜びに満ちた庭園を一緒にめぐることは、きっとおとなにとっても実りの多い時間になることでしょう。

 東京子ども図書館(2012)『絵本の庭へ(児童図書館 基本蔵書目録1)』 東京子ども図書館,p. 7.

確かに、子どもだけでうろうろする「庭」としては広すぎますね!

絵本の事典として使える本

『絵本の庭へ』のように、ある基準によって集められた本の情報がまとめられている本のことを、図書館では「ブックリスト」とよびます(業界用語かもしれません)。
「リスト」というと、私はお買い物メモとかto doリストのような、紙1枚のものをイメージしてしまうため、なかなかこの名称を覚えられませんでした。

「ブックリスト」は小説などのように通読する(最初から最後まで通して読むこと)ことを目的に作られた本ではありません。
そのため、一般の方はあまり手に取ることがないかもしれません。
ですが、本を紹介したり、誰かに本を選んであげる仕事をしているひとにとっては、おなじみのものです。

『絵本の庭へ』がすごいのは、めちゃくちゃ親切な索引がついているという点。
つまり、リストとして絵本を選ぶためにも使えるし、絵本を探すための事典のようにしても使えるのです!
私が最初にこの本の存在を教えてもらったのも、絵本を探しているときでした。

本のタイトルを覚え間違っているひとは多い

私は子どもの本担当の図書館員として働いていた経験があります。
短い期間でしたが、約20年の職業人生の中でも本当に学びの多い、密度の高い時間でした。
私はあんまり読書好きな子どもではありませんでしたので、児童書については知らないことばかり。
「日々の業務を通して学ばせてもらう、ってこういうことか!」と毎日緊張感を持ちながらも、好奇心いっぱいで働いていたことを思い出します。

カウンターには子どもはもちろん、お子さん向けの本をさがす親御さんばかりではなく、昔読んだ絵本をもう一度読みたくて探しに来られる方もいらっしゃいました。
実はどのケースでも、本のタイトルを間違って記憶してらっしゃる方がたくさんいおられます。
いや、責めているのではないのです。何を隠そう、私もそっち側の人間なので。

福井県立図書館の『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』という本が話題になりましたが、みなさん、絶妙な覚え間違いをされてらっしゃいます。
一般書(大人の本)では、タイトルに使われているキーワードから推測して、「あの本のことなのでは?」と、図書館のデータベースで検索することになるのですが、絵本の場合は別のアプローチが必要でした。

例えば、子どもの本のカウンターにはこのような問い合わせがあります。

「小さいころ読んだ絵本で、主人公がリス二匹なの。えーと、庭でパンケーキを焼いて、いろんな動物と食べるシーンがあるんだよね。たのしい感じの絵本。絵の感じは、手描きっぽいイラストっぽい感じ。タイトル、うーん覚えてないな。確かリスの名前だったような……」

この情報をもとに、図書館員は特定の絵本にアタリをつけて探すことになります。

これは絵本『ぐりとぐら』をイメージして私が創作した問い合わせ例ですが、恥ずかしながら自分の記憶をもとに作成しました(めっちゃ間違って記憶している……)。

問い合わせ内容を検証してみますと、

  • タイトルに含まれるキーワードが、具体的に利用者からは提示されない
  • 主人公の動物の種類が間違って記憶されている(リスではなく野ネズミ)
  • ストーリーのキーポイントになっている行動も間違って記憶されている(作ったのはパンケーキではなくカステラ)
と、タイトルに含まれるキーワードの情報がない上、ほかにもさまざまな作品のキーポイントとなるところが、微妙に誤っています。

このような情報だと、図書館の検索システムにキーワードを入れてもなかなかヒットさせることができません。
検索システムはキーワードと合致したデータでないと引っ張ってこられないので、おそらく「リス」「パンケーキ」では難しいのでは、と思います(試しにgoogleで「絵本 リス パンケーキ」で検索してみましたが、1ページ目の検索結果リストには『ぐりとぐら』は表示されませんでした)。
子どもが絵本を読んで感じた「野ネズミ≒リス」「パンケーキ≒カステラ」というイメージの一致は、現在のところ、図書館のデータベースでもgoogle検索でも認識してもらえません。
『ぐりとぐら』のような誰でも知っている名作であれば見つけることは難しくありませんが、ちょっとマニアックな絵本になると、実際にたくさんの絵本を読み、膨大な情報やストーリーを蓄積し、網羅的に絵本の世界を把握している図書館員でないと探せない、ということになってしまいます。

そんなとき、新人児童担当図書館員の頼りになるのが『絵本の庭へ』です。

きめ細やかすぎる「件名索引」

『絵本の庭へ』の後ろには、リスト内を探すためのいろいろな索引がついています。

タイトルやシリーズ名での検索はもちろんできますし、絵本の場合、『ぐりとぐら』のように絵を描いた人と文章を書いた人が別々であるケースもあるので、そのどちらの作者名でも探すことができるようになっています。

また、タイトルがわからなくても、主要な登場人物の名前や、主人公がどんな動物か(妖怪や架空のものも含む)、という情報からも絵本を探すことができます。
手厚つすぎる……!

そして、その絵本が扱っている主要なテーマから絵本を探せる「件名索引」。
これが本当にすごい。
「食べもの」「のりもの」あたりは、絵本のテーマやジャンルとしてありそうだな、と想像がつくのではないでしょうか。

ですが、「性格」(しりたがり、ずるい)、「動作」(だます、準備する・支度)、「経済」(独占・ひとりじめ、宝)、などについては、よくここまで細かく分類できたものだ、と頭が下がります。件名索引を眺めているだけで楽しめるくらい、すみずみまで探す側への配慮が行き届いているのです。

この本は、世の中すべての絵本を網羅しているわけではありませんが、ベテラン児童担当の頭の中が紙の上に再現されているような、壮大な一冊なのです。

『絵本の庭へ』の本来の使い方

『絵本の庭へ』を絵本探しのツールとして使うという方法は、あくまでそういう使い方もできるよ、ということで、本来の使い方はやはり、絵本の目利きが選んだ絵本リストとしての利用です。

図書館では子ども向けのイベントがしばしば開催されますが、特に子どもの本のイベントでは季節の行事や季節感が大切にされます。
絵本の読み聞かせやブックトーク(あるテーマにそって何冊か本を選び紹介するイベントのこと)、館内の展示での本選びの際に『絵本の庭へ』の件名索引が大いに役立ちます。

また、『絵本の庭へ』の各絵本の紹介文には「当館の”おはなしのじかん”での経験をもとに、少人数のグループ(20名くらいまで)への読み聞かせに、おすすめできるもの」などの指標がついていて、この情報も、かけだし図書館員がおはなし会の本を選ぶときに大変役立ちます。

東京子ども図書館さんの長年の経験を惜しげもなく公開する姿勢には、もう「この本使うひとは全員我が子!」のような、母の愛に近いような感覚さえ覚えます。
だって、企業秘密を全公開しちゃってるようなものですから……。

少し脱線してしまいましたが、このように『絵本の庭へ』は、図書館員が問い合わせに対応したり、イベントでの本選びをしたりするときに使う本なので、図書館の書架(本棚)ではなく、職員のいるカウンター内や事務室に「事務用」として置かれていることも多いです。
私の住む町の図書館では、事務用とは別に、貸出用の『絵本の庭へ』を置いてくれています。

この記事で興味を持ってくれた方は、近くの図書館で実物を見てみると面白いかもしれません。

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