図書館員を目指すひとへ
ネットやTwitterを見ていると、図書館員になるために苦労して司書資格をとったり、募集情報を探している方を見かけます。
私も15年ほど前、そうだったな、と思います。
私は、社会人になってから全くの異業種で働きながら近畿大学の通信で司書資格をとりました。
そのため、周りには図書館員の知り合いが一人もいませんでした。
近大の司書課程に進むことで、司書資格勉強中の知り合いはできます。
しかし、採用先となる図書館とのコネクションや現役の司書とのつながりなどは全く得られません。
資格が取れる、というだけです。
自分が図書館のヘビーユーザーだったので、図書館員の仕事はある程度イメージできました(実際、働いてみたら全然違いましたが)。
ですが、図書館員に求められている素質やどういう強みをもったタイプのひとが多い集団なのか、など、一生の仕事としていくための判断につながるような情報が全く得られず苦労しました。
図書館員を目指す方向けの情報(採用試験対策など)や現役図書館員の現場でのボヤキ(図書館での困った出来事)などは、2024年現在、わりと簡単にネット上で見つけらます。
しかし、私が当時求めていたような情報は、未だにあまり発信されていないようですので、図書館員を目指すひとのために、これから不定期で発信していけたらと考えています。
初対面のひとに本を紹介する難しさ
初対面の方に自己紹介する際、「以前、本の仕事をしていた」というと、「おすすめの本はありませんか?」と訊かれることがあります。
また、図書館に勤めていたときは、今会ったばかりの利用者の方から、同じような質問を受けることがありました。
しかし、同業者なら分かると思いますが、これって答えるのが相当難しい質問です。
まず、普段どのくらいの難易度の本を読んでおられるのか。
哲学書やドストエフスキーも読むような方なのか。
もしくは、マンガや動画は好きだけど、文字の本はほとんど読まない、という方なのか。
ビジネス書や自己啓発本は読むけど、創作は興味がないのかもしれない(となると小説は×)。
小説やエッセイだけでなく、ルポやノンフィクションもお好きなのか。
海外の翻訳ものもOKなのか、などなど、確認したい事項は挙げるときりがありません。
相手の情報がほとんどない場合、そのひとが面白いと感じて読んでくださるような本をチョイスできる確率は10%ほどでしょうか。
他人のための読書が8割
ですが、現代人の読書離れが進んでいる今、本をおすすめできるチャンスがあれば1秒たりとも逃したくない、というのが、出版業界に真剣に関わる(関わっていた)人間の性ではないかと思います。
また、自分の見極めの甘さにより、見当違いの本を薦めたせいで、そのひとが読書を嫌いになってしまう、なんてことは絶対に避けたいところです。
そんな長年(といっても10年ほどですが)の経験から、少しでも打率を上げようと工夫した結果が、ひとにおすすめするための本を読む、という生活です。
「そんな!読書って、自分の楽しみのためにするものなんじゃないの⁉」
といわれそうですが、もしあなたがパティシエだったら、「自分が食べたいから」という理由ではなく、新作の開発や研究のためにスイーツを買うことはありますよね。
あれと同じです。
書店のおすすめコーナーや、新聞の書評欄などを見ていると、「あ、これは○○さんが好きそうな本だ」とか「これは、進路に悩んでいる学生さんに薦めるとよさそうだ」などと、その本を手渡したい相手の顔がつぎつぎに浮かんできます。
そして、実際に読んでみて予想通りだったら、私の頭の中にある「仕事用の本棚」に本の記憶をしまいます。
そのあと実際に相談を受けたら、頭の中の本棚から本の記憶を取り出しておすすめする、といった具合です。
たまに「あ、それこの前読みました!」といわれることもありますが。
数えてみたことはないのですが、脳内の「仕事用の本棚」には何十冊か並んでいて、絶えず入れ替わっているような状態です。
ミュージシャンがいきなりここで「やって!」といわれて演奏できる持ち曲とか、芸人さんの持ちネタなどと、感覚的には似ているのかもしれません。
自分のための読書はまったくしないのか?といわれるとそういうわけでもなく、他人におすすめするための読書:自分のための読書=8:2くらいの割合の気がします。
これもパティシエと同じかもしれません。
去年は、フリーランスになったばかりで新たに学ばなければならないことが多く、割合が逆転していました。
こういう一年も、たまにはあります。
「文学少女」や「本の虫」といわれるような「読書命」のひとは、図書館員には向いていない気がする
SNSやネットでは「読書が好きだから、図書館司書を目指しています」というコメントを見かけますが、自分の興味がある本を読むのではなく、利用者に提供するための本を読む、「他人のための読書」ができないと、図書館で働くのは苦痛になると思います。
何か特別なことのように聞こえるかもしれませんが、パティシエや料理人、アパレルやセレクトショップの販売員、デパートの美容部員さんやDJなども、きっと同じです。
こういった、いわゆる「好きなことを仕事にしている」系の職に就いているひとは、私が読書に対してやっているのと同じようなことをしているのではないでしょうか。
時流を読み、お客さんが楽しんでくれるものを提供するには、自分に似合うものや自分の好みのものだけに接していてもダメなのです。
「好きなことは、仕事にしない方がいい」といわれることがあります。
たぶんそれは、こういった理由からでしょう。
お客さんがどうやったら喜んでくれるか、を考えていたら、自分の楽しみはどうしても後回しになってしまうからです。
おそらく、これまでの人生で「全く本を読んでこなかった」というひとは、さすがに図書館員を目指すことはないと思います。
でも、「小さいころから友達と遊ぶよりも、部屋で本を一人で読んでいるのが好きな子どもだった」とか「元文学少女(少年)」というひとは、もう一度、本当に自分が図書館員が向いているのか、考えてみた方がいいかもしれません。
仕事にするのではなく、消費する側に回り、読書は一生、趣味にしておいた方が幸せかもしれないのです。
「読書が唯一の趣味」とか「本の虫」のようなひとよりも、本を手渡したことでそのひとが喜んでくれたり、びっくりしてくれたり、気づきを得てくれたり、その本との出会いがなければ知ることのなかった世界に巡り合ったりすることを一緒に喜べるひとが、図書館員には向いています。
そうでないと、生涯の仕事として続けるのはしんどいです。
図書館員を目指している人は、図書館の仕事に実際に就く前に、「他人のための読書」が自分にはできそうか、問い直してみてはいかがでしょうか。
そして問い直すだけでなく、実際に半年ほどやってみることをおすすめします。
図書館の仕事は外から見るよりも多忙なため、勤務時間に読書することはほとんど不可能です。
自分の貴重な読書の時間のほとんどを、他人のための読書に充てることになります。
自分の読みたい本を後回しにしてまで、まだ見知らぬ誰かの「本との出会い」や「読書時間の充実」を手助けしたいと思えるか。
これが、図書館員に向いているかどうかの判断基準の一つになると思います。