今回、Best of 2023 という大げさなタイトルになってしまいました。
私は、日ごろから出版年にはこだわらず、新旧さまざまな本を読むのですが、2023年内に読んだ本の中から、ベストだと感じた本をご紹介したいと思います。
「もっとたくさんのひとに出会ってほしい」と感じた本を紹介
自分自身が個人的に感動しただけでなく、ぜひ「多くの方に手に取ってほしい」「こういう本の存在を知ってほしい」と感じた本、という基準で選びました。
本屋大賞や芥川賞・直木賞を受賞していたり、書店員によるポップがついていたり、本屋さんで表紙を向けて平積みになっている本は、みなさんも目にするチャンスが多いと思います。
でも、そういった本ではなく、このブログでピックアップする意味があるような、ある界隈では話題になっているけれども、大型書店などでは前面に陳列されないような、ちょっとマイナーな本を選ばせていただきました。
メルマガ時代から私の発信を読んでくださっている方にも「お!きたぞ」と思ってもらえるような、ちょっとディープな一冊だと思います。
山本 佳奈子編『オフショア第三号』(オフショア, 2023)はアジアの今のカルチャーを、熱量をもって静かに伝える冊子
山本 佳奈子編『オフショア第三号』(オフショア, 2023)
山本 佳奈子(著/文 | 編集)金 悠進(著/文)齊藤 聡(著/文)檀上 遼(著/文)友田 とん(著/文)長嶺 亮子(著/文)和田 敬(著/文)武田 力(著/文)胡 沁迪(装画)
※上記リンクから、一部の試し読みもできます
旅行に行くと伝えると、だいたい「おいしいもの食べてきてね」と声をかけられ、旅行から帰ってきたことを伝えると、何を食べてきたかと聞かれる。
そんな経験をしたことのあるひとは私だけではないと思います。
日本人の多くにとって、国内や海外の旅行の目的が「食」に集中していることに常々違和感を感じていました。
私自身は、食べ物を旅行の目的に定めて旅行したことはほとんどないのです。
「『やすい』や『おいしい』ではない、一歩踏み込んだアジア」という、『オフショア』の紹介文が、日本人の旅行観を端的に表しているように思いました。
私たちは、B級グルメを楽しんだり、リーズナブルな気晴らしを求めて、その旅先として台湾や韓国、ベトナムなど近隣のアジアを訪れることが多いのではないでしょうか。
そういった情報を紹介する雑誌やネット記事が多い中、この『オフショア』ではその道の研究者を中心とする多彩な執筆陣によって、今のアジアのカルチャーシーンが紹介されています。
中でも多くのページが割かれているのは、音楽や現代アートです。
編集をされている山本さんは、もともと「Offshore」(https://offshore-mcc.net)というご自身のwebメディアで、アジアのカルチャーについて、単独での発信をしていらっしゃいました。
現地に足を運びながらの取材も多数おこなっておられます。
ネット版「Offshore」のインタビュー記事一覧。他の日本語媒体では読めないような、アジアで活躍するアーティストやクリエイターなどへのインタビューが充実している、すごいサイトです。
今回ご紹介する『オフショア第三号』はwebメディアから冊子になって、文字通り3号目。
映画DVDの個人輸入に検閲制度があるマレーシアで感じた思いをつづった元駐在員によるエッセイ、台湾での地下メディア(公認ではないラジオ局)と台湾の民主化とのかかわりを解説した詳細な調査報告など、硬軟さまざまな文章が掲載されており、読みごたえは充分です。
現代アート関係の記事が充実
今回の第三号では、現代アート関連の記事が充実しています。
例えば、金 悠進さんの「芸術と力 ジョグジャカルタの知」。
実際に展示を見た感想はもちろん、私のようなアジアの動向に無知な世代の日本人に抜けている、歴史や文化的な知識も補足しつつ、作品を解説してくれていて、とても面白く読めました。
この本の中でどれかひとつ、といわれたらこの記事
そして、本書の中でも「時間のないひとは、この記事一つだけでも読んでもらいたい!」と感じたのが、巻頭に掲載されている、山本さんによる、武田力さんへのインタビュー「分断を越えるための演出術――俳優と民俗芸能の経験から」です。
武田さんは俳優・演出家です。
しかし、本書で紹介されている武田さんの作品は、パフォーマンスアート(※1)であるため、「現代アートのアーティスト」という紹介をしても間違いはないと思います。
この記事では現代アートのアーティストということで説明を進めさせていただきます。
このインタビューで話の中心となっているのは、武田さんによる「たこを焼く」というパフォーマンス作品についてです。
私はアート関係者とはもちろん比較にならないですが、一般のひとの中では、割と現代アートを幅広く鑑賞している方だと思います。
現代アートの中には、虚を突かれるようなアイデアの作品や、社会の暗部をえぐるようなものが多くあります。
そういう作品を多少見てきた経験をもってしても、武田さんの作品「たこを焼く」はショッキングでした。
「たこを焼く」は、武田さんがフィリピンで滞在調査を行ない制作した作品です。
現代アートには「アーティスト・イン・レジデンス(AIR。単にレジデンスと略されることも)」という、アーティストにある地域に一定期間滞在してもらい、その地域ならではの要素を取り入れて作品をつくってもらうプログラムがあります(※2)。
武田さんのケースはレジデンスとは少し違うかもしれませんが、フィリピンの演劇祭に招かれ、3年間、現地へ通いつつ一つの作品を作ってほしい、と演劇祭の主催者側から依頼があったようです。
作品の詳細や背景については、ぜひ本を手に取って読んでいただけたらと思います。
現代アートへの入り口になりうる一冊
私はこのインタビューを読み、この本が、これまで「現代アートって難解でよく分からん」と思っていたひとへの、現代アートへの入り口になるかもしれない!と感じました。
私自身、現代アートはとても好きなのですが、最初に興味を持ったきっかけは、アーティスト本人から、作品について以下のようなことを説明してもらえたからでした。
- なぜ、このような作品を作ろうと思ったのか
- なぜ、一般的な表現方法ではなく、この手法を選んだのか
- 彼(彼女)の作品すべてに共通しているテーマ
おそらく現代アートについて「よく分からない」と感じているひとたちの多くは、こういうことをアーティスト本人の語りで聞いたことがないのではないでしょうか。
作品が生まれるまでのストーリーを、ライターやキュリエーターなど第三者が書いた説明文ではなく、本人の口からきく。
これにより、作品が「分からない」「理解できない」という、最初の大きなハードルは越えられる可能性が高いと思います。
例えば、武田さんのインタビュー記事では、アーティストである武田さんと山本さんとの会話のやりとりの中で、なぜ武田さんがフィリピンでこのパフォーマンスをやろうと思ったのか、作品を作るまでにどういった調査をおこなったのか、制作の経過報告をしたときの地元のひとの反応はどうだったのか、といったことが事細かにあぶりだされます。
これを読むと、少なくとも武田さんの作品「たこを焼く」については、作品に興味を持つかどうかや作品の好き嫌いは別としても、一般の多くの現代アート鑑賞者が口にする「分からない」という感想は出てこないのではないか、と私は思うのです。
私もどんな現代アートでも好きなのか、と問われると自信がありません。
いわゆる、海外でも人気があり作品が高値で取引されているような現代アーティストの作品については、実はあまり興味が持てません。
それは、本人があまりに有名になりすぎていて、一般の鑑賞者にも分かるようなレベルの言葉で、自らの作品について語っているのを見たり読んだりした経験が私自身にはないからです。
そういうものを読んだり、ご本人を目の前にして聞いたりする機会が持てれば、私の感覚も違ってくると思います。
また、現代アーティストには、社会問題や私たちの多くが抱えているような個人の内面の問題をテーマにしているアーティストが多くいます。
そういった作品は、作られた背景やそのストーリーが分かるととても理解しやすいです。
今回の武田さんの「たこを焼く」も社会問題や日本とフィリピンの歴史的な問題をテーマに取り上げた作品です。
残念ながら実際のパフォーマンスは見ていないのですが、インタビューを読んだだけでも、硬派なドキュメンタリー番組を見た後のような、うならされるような感じがありました。
アーティストがもつ力
こういった問題をアーティストではない私たちが言葉で説明すると、説教くさくなってしまい、いつも忙しく疲れている現代人にはなかなか届きません。
しかし、アーティストはそれを作品として伝えることができます。
私たちは、美術館で余暇をエンジョイするうちに、アートを鑑賞することをとおして、自然とそういった問題について考えさせられることになるのです。
例えば、現代アートではありませんが、カンヌ国際映画祭のパルム・ドールとアカデミー賞の両方を受賞した韓国の映画「パラサイト 半地下の家族」をご覧になった方はいらっしゃるのではないでしょうか。
この映画はストーリーがしっかりしていて、エンターテインメントとしてすぐれた作品ですよね。
ですが、映画を楽しみながら、格差の問題や隣国韓国の住宅問題などの「社会問題」や、人間の業といった内面の問題について、同時に考えさせられた方は多いのではないでしょうか。
多くのひとが日々の多忙さから目を背けがちな問題について、作品を楽しんでいるうちに自然に考えてもらったり、考えさせることができる。
そういう力を持ったひとが、現代の「アーティスト」という存在なのだと思います。
さいごに
他のひとがこの本を読んで、どんな感想を持つのか知りたい。私にとって、『オフショア第三号』はそういう本です。
読んだひと同士、どういう風に感じたか、気軽に話し合ってもらえたら、と思います。
また、この本との出会いが、「現代アートが難解で苦手意識を持っていた」という方の、現代アートへの考え方や捉え方を変える一冊になりましたら、これほどうれしいことはありません。
『オフショア』やその他の山本さんの著書を紹介してくださったMARKING RECORDSの理子さんには、この場を借りて御礼申し上げます。
<取扱店舗一覧>
『オフショア』はISBNが付けられていて、全国流通しているものの、ショッピングモールの書店や街の大型書店などでは、見つけにくいのではないか、と思います。
紙の本の取扱店舗一覧や、電子版の購入先はこちらをごらんください。
※既に品切れのお店もありますのでご注意ください。
https://offshore-mcc.net/news/1405
例えば、以下の店舗では2023年3月現在、まだ購入可能です。
■京都の独立系書店 誠光社さんの通販https://seikosha.stores.jp/items/64e6fd2dc232b0002f1e8c5d
■奈良の独立系書店 とほんさんの通販
https://tohon.shop-pro.jp/?pid=176785384
■『オフショア』編集の山本 佳奈子さんのサイトでの通販
https://offshore.thebase.in
どちらも送料はかかりますが、200円前後と少額ですので、こちらの本屋さんでの購入を検討してみてはいかがでしょうか。
<参考記事など>
※1
インスタレーションやパフォーマンスアートってどんなもの?
/ 連載「和田彩花のHow to become the DOORS」Vol.6
https://artovilla.jp/articles/howtobecomethedoors_06.html (2024.3.13
sited)
「空間全体を作品とするインスタレーションや、アーティストが自らの身体を使って表現するパフォーマンスなど、その場でしか体感できないものも現代アートに含まれます。
」
※2
ART WIKI アーティスト・イン・レジデンス 用語説明
https://bijutsutecho.com/artwiki/17 (2024.3.13
sited)