「いくつになってもイキイキ暮らすには?」ということを、考え始めたきっかけについて

2025/08/04

好奇心

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はじめに

このブログは「いくつになってもイキイキ暮らしたいひと」に向けて書いており、「いくつになっても知的好奇心を持ちつつ、日々イキイキと暮らしたい」ということは、私にとってのテーマでもあります。

今回は、なぜ私がそのように考えるようになったかについてお話していこうと思います。

今回はこの記事からの引用が多く登場しますので、文中では「上野氏講演記事」とさせていただきます。

上野千鶴子氏講演「アンチ・アンチエイジングの思想」https://www.keiomcc.com/magazine/sekigaku241/

女性の二人に一人は90歳を超えて生きる

私が小学生くらいのころ、100歳の方はまだ珍しく、「きんさんぎんさん」という双子の100歳のおばあさんが話題になり、大人気になりました。

笑いのセンスに溢れたお二人のキャラクターも人気の秘密だったと思いますが、やはり、当時まだ100歳の方が少なかった、ということが大きかったのではないでしょうか。

あれから四半世紀経ち、今では100歳を超えの長寿者は珍しくありません。

昨年の内閣府の発表によると、全国には100歳以上の高齢者がなんと95,119人もいらっしゃるのだそうです。

上野氏講演記事によると、90歳を超えて生きる確率は男性で4人に1人以上、女性では2人に1人以上もいるのだとか。

医療技術の発展などにより、現在、100歳まで長生きすることは特別なことではなく、むしろ誰にもおこりうること。そう考えた方が良さそうです。

ところが、今30〜50代くらいの、いわゆる現役世代の方の多くが、高齢期の自分をイメージをできていないように私は感じています。

社会性もあり、仕事では長期的な計画などを立てる能力のあるような方でも「高齢者の自分を想像する」ということが非常に苦手でおられるように感じます。

老後2000万円問題などに代表されるように、老後資金の問題、つまり高齢期のお金の問題については、現役世代でも関心のある方が多いです。

お金が「数字」という、わかりやすい形で提示されたことが大きいと思いますし、今から準備して備えられることだから、という意識もあるからでしょう。

しかし、そのときの自分の状態(体力、認知能力など)をイメージできているひとは、医療従事者やソーシャルワーカーの方、実際に介護を経験したひと以外を除いては、ほとんどいらっしゃらないような気がします。

介護施設や病院などに勤務し普段から高齢者と仕事でかかわっておられる方であっても、「自分のかかわっている一事例」だと考えていることも多く、将来の自分の姿にひきよせて「自分ごと」として考えておられる方は少ないように感じます。

高齢者が年齢で「能力」を判断される社会で、あなたはイキイキ生きられますか

なぜそのように感じるようになったかというと、役所や病院などで、本人の年齢が分かった途端、現役世代よりも「理解力が低くなっている」「頑固になっている」「計算力なども衰えている」とみなされて、高齢の方への対応ががらっと変わってしまう光景を、たびたび目にしたからです。

例えば、同じ85歳の方でも、理解力や言語能力、計算力、考え方の柔軟さ、などは非常に個人差があるのではないか、と私は考えています。

もし、私たちが今の後期高齢者と同じように、「40歳ならこれくらいの理解力」などと、自分の能力を年齢で判断されたら、「とんでもない!」と憤りを感じませんか?

それと同じことを私たちは今、後期高齢者の方に向けてしてしまっているのかもしれない。
それって、尊厳が傷つけられますよね。
はっきりいって、人権侵害じゃないの……?と、将来高齢者になる、私たちが気づく必要があるんじゃないでしょうか。

そのひとの考え方、感じ方、多様性を受け入れる能力などは、そのひとがそれまでどういった環境で人生を歩み、何を学んできたか、という、個人の人生経験で決まってくるものであり、本来、年齢で規定されることではないはずです。

しかし、こういった強引な決めつけが当たり前のように行われているのが、今の後期高齢者をとりまく状況です。

そこには、「歳をとればみんなある程度、もうろくしてしまう」「自分が歳をとるのはまだ先」という、現役世代の、無知と若さゆえの傲慢さが感じられます。

これを読んでいるみなさんも、100歳まで生きている可能性は十分にあります。

自分が高齢者になった時、今の後期高齢者の方が生きているような環境で、あなたは暮らしたいと思いますか?

「だんだんできることが少なくなる」という変化をどううけいれるか

大体の目安として、多くの方は80代を境に大きく生活が変わります。

体力が落ち、身体能力が下がっていくことにより、これまでできでいた生活に関するさまざまなことがちょっとずつできなくなり、体重の減少や身体活動量の変化を身をもって感じていく時期になります。

2階への登り降りがきつくなったり、自転車や自動車に乗れなくなり移動範囲が狭くなったり、家事もこれまで1時間でできていたものが2時間がかかる、などの変化が出てきます。

こういった状況は「フレイル」と呼ばれています。

こちらの記事(※1)では「フレイルとは、わかりやすく言えば「加齢により心身が老い衰えた状態のこと」と説明されています。

これまでの人生では「できなかったことができるようになる」という、上向きの成長を経験してきた方が多いと思いますが、80歳を過ぎると「できていたことができなくなる」という変化を受け入れる必要がでてきます。

自分の老いに向き合わねばならない時期に入る、ということです。

これは多くの方にとって、なかなか大変な試練だと思います。

特に、ストレングスファインダーの1位が「未来志向」の私にとっては、相当難しいことなのではないか、と思っていて、自分一人では到底乗り越えられないだろうなと感じています。

上野さんはこの時期のことを「ヨタヘロ期」と名づけました。

上野氏講演記事によると、平均すれば男性で8.84年、女性では12.35年をフレイル状態で過ごしており、その後も寝たきり期間が平均で8.6ヵ月もあるそうです。

現役世代の私たちがイメージしている以上に、「ヨタヘロ」の期間は長いことに驚かされます。

このデータを参照すると「どんどんできないことが増えていくという」これまで経験したことがない精神状態が、女性の場合(寝たきり期間も含めると)13年近くもある、ということになります。

こんなに長い期間、徐々にできないことが増えていく自分を受け入れなければ死ねないのか……、と考えると、そんな困難なことが、今よりも気力やエネルギーが下がっている年老いた自分にできるのだろうか、と今から不安を感じます。

長生きできる国に住んでいることは、本来非常に恵まれていることのはず。

それなのに、「そんなに長生きしたくない…」という気持ちさえ湧いてきます。

上野氏講演記事には、これまで私が考えてきたフレイル期への不安をとてもわかりやすくまとめられていましたので、ご紹介します。

戦争でも前進戦より後退戦のほうが難しいとされるし、登山では上り坂を登るノウハウはあるが、下り坂を降りるノウハウはない。人生も同じで、前半生の”成長・発展・進歩”に関する情報は世にあふれているが、後半生の”衰退、縮小、退歩”に関する情報は少ない。老後を子どもに丸投げする高齢者や、丸投げされる側の子どもたち、そして丸投げする子どものいない高齢者、その誰もが不安を抱えている。

現役世代が後期高齢者の自分をイメージできない理由

私はこういった不安から、ヨタヘロ期も含めて、いくつになってもイキイキ暮らすにはどうしたらいいのか、ということを20代くらいから考え続けています。

「え!なんでそんな若いときから、ヨタヘロ期の暮らしについて考えていたの⁈」と驚かれそうです。

理由はいくつかありますが、ひとつには私は老人(祖母)と同居していた経験があり、身体能力の下がった「ヨタへロ期」の人間を身近で見ていたから自分ごととして考えざるおえなかった、ということがあげられると思います。

私が幼少期を過ごした地域は祖父母と同居している家庭が多くありました。働きながら育児も介護もしている母親のもとで育った子どもは身近にたくさんいました。

そういった環境で育つということは、自分が直接介護にたずさわっていなかったとしても、高齢者がヨタへロ期をどう過ごし、それに伴い周囲がどういった関わり方をし、彼らが死に至っていくかというプロセスを、日常の中で、ごく自然にみていくことです。

この経験の有無は、ヨタヘロ期を自分ごととして想像する力の有無に直結しているのではないかと思います。

私が自分の育った地域を出てから知り合った同年代の方たちには、祖父母と同居しておらず親子だけの核家族で育ったひとが圧倒的に多かったです。

特に大学時代に出会ったたくさんの友人を思い浮かべると、祖父母と同居していた子は二人しかいませんでした(どちらも実家で農業を営んでいた)。

そう考えると、今、30〜40代くらいの世代が、自分の後期高齢者になった姿やヨタヘロ期の暮らし方を想像できないのは、当然といえるかもしれません。

老後資金だけが潤沢にあってもヨタヘロ期は乗り越えられないのでは?

厳しいいい方かもしれませんが、現役世代の多くの方は、老後資金の心配だけをしているように、私からは見えます。

でも、ヨタヘロ期はお金さえあれば解決できるものではありません。

それまでの「努力すればできることが増えていく」という右肩上がりの状況から「どんどんできないことが増えていく」という下降状況を受け入れていくという思考の転換や、それでも未来に希望を持ち続ける(そうでないと生きる気力そのものがなくなります)という胆力をどう維持し続けるか、現役世代から受ける年齢による偏見・ハラスメントをどう乗り越えるか、など、メンタル面での課題がいろいろとあります。

しかも、これは青年期までの発達過程で自然に身につくものではなく、老年期を迎えるにあたって、新たに意識して身につける必要がある、「新しいスキル」なのです。

年齢にかかわらずイキイキと暮らしている方は、どういった気持ちの持ち方で暮らしていて、どういう学びを続けているのだろう、ということを私は考えています。

何かこのテーマで分かったことがあったら、またブログ記事にまとめ、ご紹介できたらいいなと思いつつ、この記事を締めたいと思います。

<参考情報>

※1

フレイルとは 公益財団法人長寿科学振興財団「健康長寿ネット」

https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/frailty/about.html

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