2026年のキュリアスガーデン(好奇心についての持論も少し)

2026/02/05

エッセイ/ごあいさつ 好奇心

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もう二月に入っているのに今年のキュリアスガーデンの抱負について話をしようとしているところが、我ながらのんびりしているなあという感じなのですが、おつきあいいただけますとうれしいです。

今年の抱負はこの3つ。

去年よりも記事をたくさんアップする(予定)

実は、書きかけでアップできていない記事が大量にあります。

移住先探しなどでまわった施設や旅先で訪れた美術館など、写真や図などを入れて記事を充実させていたら、掲載時期を逃してしまったものも多い状況。

個人ブログの考え方として、「自分にとっては小さな内容の記事でも、アップすれば思いがけず、誰かの役に立つ」というものがあると思います。

完璧な仕上がりの記事を書くことは目指さず、もうちょっと、肩の力を抜いて発信していこう、と思いました。

今年はもう少し、記事を「公開すること」に力を入れようと思います(インスタのストーリーズにありえないようなテキスト量で上げてしまうこともあり、それをブログに書けばいいのにな、と思うことが去年から何回もありました……)。

完成した内容だけでなく、試行錯誤してジタバタしている姿も見せる

これまでは、読んでくれた方が記事を読むのに費やした時間を『無駄だった』と思わないような、充実した内容や役立つ情報を提供しなければ、と思い、結構、意気込んで書いてきたように思います。

姿勢としては読者のタイパを意識した情報提供、といったらいいでしょうか。

ブログははっきりとしたコンセプトがないとPV数も上がらないし読まれない。
だから、雑記ブログではなく、特定のテーマについて書かれたブログが読まれるし、それが大事なのだ、と思いながら発信していました。

ですが、キュリアスガーデンの読者さんや私の主催イベントに来てくださる方々が求めているのは、そういうものではないのかもしれない……、と思うことが去年、何度かありました。

私が専門家(司書)視点で解説している姿よりも、私が七転八倒していたり、司書の可能性研究所として試行錯誤している過程をみてみたい、と思っている方がいらっしゃるように感じたのです。

完成したものを提供したり、専門家としての立場で情報提供するということは、確かに有料媒体とか、ビジネス系のwebマガジン(プレジデントオンライン、など)では求められます。

でも、個人のブログに求められているものは、もっと違うのかもしれないなあと、さまざまな方がぽろっとおっしゃる言葉のはしばしから感じたのです。

このブログ「キュリアスガーデン」は、私個人の本の仕事のサイトとは切り離して運営しています。

意外かもしれませんが、そこには女性のライフステージは一般的には男性よりも変化が大きいから、ということが関係しています。

女性は生まれた時から、男性よりも「自分の人生を自分でコントロールすることはできない」、「人生は思い通りにならないものだ」ということを受け入れているのではないでしょうか。

妊娠、出産、子育て、介護というのは、突然やってきますし、たいてい女性にかかる比重が多いです。結婚後、キャリアを諦めたり、仕事を辞め転勤についていくのも、私の世代までは女性がほとんどでした。

「キュリアスガーデン」というブログを、自分の肩書きやビジネスに結びつけてしまったり、屋号に使ってしまうと、私の肩書きや立場が変わったり、違う仕事をするようになったとき、名前を変更せざるおえなくなります。

自分にどういう変化が訪れても(フリーランスの司書をやめても)、個人の発信メディアとして存続していきたいと思ったので、切り離すことにしたのです。

それであれば、もう少し「図書館司書」という肩書き(専門性)から離れて、ブログにはもっと個人として、等身大で書いてもいいのではないか、という考えにシフトしつつあります。

以前、「ブログを読む人は専門家の意見を読みないのではなく、その時の自分の状況(レベル)に近い人の体験談が読みたいのだ」という話を、トップブロガーの方がおっしゃっていました。

確かに、分野によってはいきなり専門家のアドバイスに従っても、ハードルが高くて三日坊主になってしまうことはありますよね(ランニングや筋トレとか)。

また、すごく困難な状況からスタートした人の記録を、いちファンとして応援しながら読み続ける、というのも、ブログを読む楽しみの一つなのかもしれません(汚部屋出身のミニマリストとか)。

そんなわけで、今年は自分の試行錯誤の過程を発信するかもしれません。

慣れないスタイルなので、すぐにできないかもしれませんが、あたたかく見守ってやってください。

暮らし(日常性)についての発信もしていく

このブログは「いくつになっても好奇心を失わずにイキイキ生きるには?」をテーマにしていますが、「知的好奇心を持ってワクワク日々を過ごす」ということは、意外にも、時間に自由な暮らしの中にあるのではなく、きっちりスケジューリングされた規則正しい暮らしの中にあるような気がしています。

私たちが一般的にイメージする「知的好奇心を持ち続けている人たち」というと、アーティストやクリエイターではないでしょうか。

創作の源である好奇心が枯渇すると、仕事が続けられなくなってしまうからです。

私たちが彼らに対して持っている、ステレオタイプなイメージ(創作意欲やひらめきが湧いたタイミングに「バー」っと集中的に創作に没頭し、時には数日の徹夜も厭わない)は、実際はかなり違うのではないかと思っています。

年齢を重ねても、知的好奇心を持ち続けながら、長期的にクオリティの高い創作活動を続けている(または仕事を続けている)アーティストやクリエイターの方々は、自分なりの暮らしのルールをしっかり持っていて、それが崩れないようにコントロールしておられるように思うのです。

その姿は、一般人から見るとストイックすぎるのでは……と感じてしまうこともあるほどです。

2023年から時間にわりと自由な働き方を始めたことをきっかけに、日々同じスケジュールで過ごすこと、暮らしを仕組み化しマイルールを作ること、自分がパフォーマンスを出しやすい状況を知ること(セルフモニタリング)など、一見、好奇心とまるで関係がないようなことが、実は知的好奇心を持ち続けることに深く関係しているのではないか、と考えるようになりました。

もし、知的好奇心の維持を外からの刺激だけに頼るのであれば、アーティストやクリエイターは、みんな文化的施設が多く、知的な刺激の多い都会で暮らしたり、情報の刺激のある大きな図書館や書店のそばで暮らすはずです。

でも、実際は交通の不便な山奥や文化的な刺激の少ない地域に住んでいるアーティストやクリエイターはたくさんいます(作業で音が出たり、広い作業スペースが必要などの理由で仕方なく地方に住んでいるアーティストもいるとは思いますが)。

規則正しく暮らすことで好奇心を保ち、創作を長期的に継続している作り手(アーティスト、クリエイター、作家など)について書かれた記事や本の紹介を、今年はやっていきたいなあと思います。

また、知的好奇心を持ち続けている一人の人間として、ここまでの私自身の暮らしにおいての試行錯誤もざっくばらんに書けたらいいなと思っています。

私の発信のメインはSNSではなく、このブログであり、ここに自分が考えてきた経緯や情報が蓄積するようにしています。

今年もブログ記事がさまざまな方のお役に立つことを願って。

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ブログのご感想はInstagramのDM(@curiousgarden_)までお気軽にお送りください。

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